河瀬昌良の実感
誰かのために生きてもいい。
でも、自分の人生も大切にしてほしいんです。
人って、知らないうちに
誰かの期待の中で生きていることがあります。
親だから。
夫だから、妻だから。
仕事だから。
立場があるから。
「こうあるべき」
「こうしなければならない」
そんなものを一つ、また一つと背負っているうちに、
ふと、
「あれ……自分は本当はどうしたいんやろ?」
それさえ分からなくなってしまうことがある。
私もね、
誰かを支えること。
大切な人のために頑張ること。
家族のために、
自分のことを後回しにする日だってある。
誰かが困っていたら、
自分もしんどいのに手を差し伸べる。
そんな生き方は、
むしろ素敵なことやと思うんです。
でもね。
ここは、よく似ているようで
まったく違うことがあります。
人のために生きることと、
強制されて生きることは違います。
誰かを大切にすることと、
誰かの言いなりになることは違う。
自分を大切にすることと、
自分に都合よく生きることも違う。
そして、
自由に生きることと、
責任から逃げることも違います。
私は、この違いは
とても大切やと思っています。
「自分らしく生きよう」
「嫌なことはしなくていい」
「苦しいところから離れればいい」
そういう言葉に救われる時もあります。
本当に苦しい時は、
休んだっていい。
そこから離れなければならない時だってある。
でも、
それを人生すべての答えにしてしまったら、
少し違うんちゃうかなと思うんです。
生きていれば、
嫌でも向き合わなければならないことがある。
守らなければならない人がいる。
果たさなければならない約束もある。
逃げたくても、
ここは逃げたらあかんなと思う時もある。
それもまた、人生なんですよね。
だから私は、
自分の人生を生きるということは、
好きなことだけして生きることではない
と思っています。
むしろ、
自分で選ぶこと。
そして、
自分が選んだものを、自分で引き受けること。
そこまで含めて、
初めて「自分の人生」なんじゃないかなと思うんです。
誰かのために頑張ることだってそう。
「やらされている」のと、
「この人のために、俺がやる」
と自分で決めるのでは、
同じことをしていても、
心の中はまったく違います。
そこには、自分の意志がある。
愛情がある。
そして、覚悟がある。
だから、
人のために生きたっていいんです。
誰かを守るために、
自分が少しくらいしんどい思いをしたっていい。
それを自分で選んだのなら、
それもちゃんと、あなた自身の人生です。
反対に、
「自分を大切にする」という言葉を使って、
自分に都合の悪いことから全部逃げてしまったら、
本当に自分を大切にしたことになるんやろか。
私は時々、そう思います。
自分を大切にするというのは、
自分を甘やかすことでも、
自分だけを優先することでもない。
嬉しい自分も、
弱い自分も、
逃げたくなる自分も、
それでも踏ん張ろうとしている自分も、
全部ひっくるめて、
「ほな、自分はどうする?」
と自分自身に問いかけることなんじゃないかな。
誰かが決めた正解じゃなくていい。
世間が決めた幸せじゃなくていい。
すぐに答えが出なくてもいい。
迷ったっていい。
間違えたら、
また選び直せばいい。
でも最後は、
自分で決める。
そして、
自分で決めた人生なら、
人のせいにせず歩いてみる。
私は、それが
**「自分らしく生きる」**ということだと思っています。
人生って、
自由になれば幸せになれるほど
単純なものではないのかもしれません。
自由には、責任がある。
愛することには、時に我慢もある。
誰かと生きるということには、
自分一人では決められないことだってある。
それでも、
自分の心まで誰かに預けなくていい。
あなたが誰かを大切にすることも、
誰かのために頑張ることも、
時には歯を食いしばって踏ん張ることも、
自分で選んだのなら、
それは誰かの人生ではありません。
あなたの人生です。
だから時々、
自分に聞いてみてください。
「私は今、自分で選んでここにいるんやろか。」
もし、
「うん」
と言えるなら、
しんどくても、
迷っていても、
その道にはきっと意味がある。
もし、
「違うかもしれんな……」
と思ったのなら、
その気づきもまた、
新しい一歩なんだと思います。
人生の次章は、
誰かに書いてもらうものじゃない。
誰かに決めてもらうものでもない。
誰かを大切にしながら、
自分も大切にして生きていく。
そのために、
自分で選び、
自分で引き受け、
また歩いていけばいい。
最後に振り返った時、
「いろいろあったけど、
これが自分で選んだ人生やったな」
そう笑えたら、
それでええんちゃうかな。
もう、誰かの人生を生きなくていい。
これからのページは、
あなた自身の手で書いていけばいい。
誰かのために生きてもいい。
でも、自分の人生も忘れないでいてほしい。
これは、私が修奉の中で多くの人と向き合い、得た実感です。
河瀬昌良


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