「理解されへん。」その気持ちには意味がある。

塾長のつぶやき

「誰にも理解されへん。」

そう思ったこと、一度くらいある人も多いんちゃうかなと思います。

私も今まで、たくさんの方の相談を受けてきました。

その中で、一つ気づいたことがあるんですわ。

実は、「理解されへん」ことが問題なんやなくて、

その理由に、自分自身もまだ気づいてへんこと。

そこが一番しんどいんやないかなと、私は思うんですわ。


人はまず、五感で世界を感じます。

見る、聞く、触れる、味わう、匂いを感じる。

そして、その感じたことを受け取る力が「感受性」です。

同じ景色を見ても、何も感じない人もいれば、心が動く人もいます。

それは、感受性が違うからなんですわ。

でもね、感受性が高い人ほど、

「なんで自分だけ、こんなことが気になるんやろ。」

「なんで周りは分かってくれへんのやろ。」

そんなふうに感じることがあります。

最近では、こうした心の動きを「インナーチャイルド」という言葉で説明されることもあります。

その考え方によって、自分自身を理解しやすくなる方もおられると思います。

ただ私は、一つの言葉や型にはめて終わるよりも、

「今、自分は何を感じているのか。」

「その気づきは、自分をどこへ導こうとしているのか。」

そこを大切にしたいと思うんですわ。

もし、今そんな気持ちを抱えている人がおられたら、

私はまず、その気持ちを否定せんでもええと思うんです。


面白いことにね。

そこから、

「なんでやろ。」

と考え始めた人は、少しずつ変わり始めます。

自分の心と向き合い、

出来事と向き合い、

「どうして、そう感じたんやろ。」

と問い続ける。

その問いが、気づきにつながるんですわ。

気づきが積み重なると、

今まで見えへんかったことが、ふっと見えてくる。

それが直感です。

その直感を現実と照らし合わせながら考えていく。

それが分析です。

そして最後に、

「あぁ、そういうことやったんか。」

と物事の本質が見えてくる。

私は、それを洞察と呼んでいます。


ここまで来ると、不思議なことが起こるんですわ。

今まで、

「誰も分かってくれへん。」

と思っていたことが、

「見えている景色が違っただけやったんや。」

そんなふうに思えるようになってくる。

相手が悪いわけでもない。

自分が悪いわけでもない。

立っている場所が違えば、

見える景色も違う。

私は、それだけのことやと思うんですわ。


相談を受けている時も、

私は答えを探しているわけではありません。

その方が今、

どんな景色を見ているのか。

どの段階に立っているのか。

そこを見ています。

違和感の中にいるのか。

気づき始めているのか。

分析しているのか。

洞察へ向かっているのか。

その位置が分かれば、

必要な言葉も、

必要な呼吸も、

必要な実践も変わってきます。

だから私は、

「早く答えを出しましょう。」

とは、あまり言わないんですわ。

その人の歩幅で、

その人のタイミングで、

一歩ずつ進めばええと思っています。


ここで一つ、お伝えしておきたいことがあります。

今回お話しした、

感受性から、気づき、直感、分析、洞察、そして調和や融合へ至る流れは、

古神道口伝に、そのまま書かれているものではありません。

私は古神道口伝を学び、長年修道を重ね、多くの方の相談を受ける中で、

「人は、このような成長の流れをたどることが多いんやないやろか。」

そう感じるようになりました。

そして、その経験を分析し、洞察し、現代の人にも伝わりやすいよう、一つの体系として整理しています。

これは、私自身の見解です。


もし今、

「誰にも理解されへん。」

そう感じている人がおられたら、

どうか、その気持ちだけで自分を否定せんといてください。

その違和感には、

ちゃんと意味があるかもしれません。

今はまだ言葉になってへんだけで、

これから気づきへつながる入口なんかもしれません。

焦らんでも大丈夫です。

一歩ずつ、自分の歩幅で進んでいけばええんです。

私は、人は誰でも本来持っている力を育てていけると信じています。

もしこの記事を読んで、

「私は今、どの段階にいるんやろ。」

そう考えていただけたなら、それだけでも一歩前へ進み始めているのかもしれません。

倭呼吸とは、

呼吸を整える技術だけやなく、

人が本来持つ成長の力を育み、

自分自身と調和し、

人と調和し、

自然と調和しながら生きていくための修道です。

私は、そう信じています。

倭呼吸塾 河瀬昌良

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