最近、水害や水の事故のニュースを目にするなかで、以前、キャンプで経験した出来事を思い出しました。
楽しい時間を過ごして、無事に帰ってくる。
当たり前のように思えるけれど、それは、ほんまに大切なことなんですよね。
私にも、雨のなかで「ここにおったら危ない」と感じ、夜中にキャンプ場を後にしたことがあります。あの夜の雨音と、黒く濁った川の様子は、今でも忘れられません。
その経験を、今あらためて書き残しておこうと思いました。
これから自然のなかへ出かける方が、ご自身や大切な人の安全を考える、ひとつのきっかけになればと思います。
自然のなかで過ごす時間って、ええものですよね。
川の流れを眺めたり、ゆっくりご飯を食べたり。日常を少し離れて、ほっとする時間。
今日は、そんなキャンプで経験した、今でも忘れられない出来事を書いてみます。
2022年の夏。滋賀県東近江市の永源寺ダムにある、上流にあるキャンプ場へ、二泊の予定で出かけました。
昼過ぎからぽつぽつ降り始めた雨が、夜になるにつれて、だんだん強くなってきました。
雨音と川の気配が気になって、外へ出てみると、川の様子が昼間とは激変しており
水は黒く濁り、流れも強くなって、水かさが増している。
「これは危ない」
そう感じて、夜の11時頃から片付けを始めました。
周りには、大人数で来ている家族連れなどもいました。私には、雨のなかのキャンプを楽しんでいるように見えたんです。
「まだ大丈夫やろう」
そんな空気も感じました。
せっかく来たんやし、途中で帰るのはもったいない。
ほかの人も残っているし、もう少し様子を見ようか。
そう思いたくなる気持ちは、わかります。
でも、目の前の川の変化が、どうしても気になりました。
すれ違う人に「危ないですよ」と声をかけながら、片付けを進めました。
雨はさらに強くなり、車でキャンプ場を出たのは、深夜2時頃でした。
帰路につく頃には雨も弱まり、無事に帰ることができました。
「ちょっと心配しすぎたかな」
正直、そんな思いもありました。
ところが、その約一週間後です。
ニュースの画面に、見覚えのある場所が映っていました。
私たちが過ごしていた、あのキャンプ場です。
愛知川で車が横転しているのが見つかり、上流のキャンプ場を利用していた男女二人と連絡が取れなくなっているという報道でした。
ついこの前、自分たちがいた場所で、そんなことが起きている。
あのときの衝撃は、今でも忘れられません。
私たちが撤収した夜とは、別の日の事故です。それでも、「自分たちは無事に帰れた」ということが、急に重く感じられました。
もし、自分たちがいるときに、もっと雨が降っていたら。
上流で、さらに激しい雨が降っていたら。
無事に帰れたことを、当たり前にしたらあかんなと思ったんです。
山の川は、自分のいる場所で雨が弱まったからといって、安心できるとは限りません。上流で降った雨によって、急に水かさが増すことがあります。
そして、周りに人がたくさんいることも、安全の保証にはならないんですよね。
みんなが平気そうにしていても、自分まで無理して平気な顔をせんでもええ。
「何かおかしいな」
「ここにおるのは、危ないかもしれん」
そう感じたら、その違和感を大切にしてほしいと思います。気象情報や川の情報、現地の避難案内も確かめながら、早めに動くきっかけにしてほしいんです。
ただ、私自身にも、振り返っておきたいことがあります。
夜の11時頃に危ないと感じてから、出発まで約3時間かかっています。
無事に帰れたからよかったものの、急な増水のときに、それだけの時間があるとは限りません。
危なくなる前に撤収する。すでに危険が迫っていたら、道具の片付けよりも避難を優先する。大雨のときに、川の様子を見に近づくこと自体も危険です。
ここは、この体験と一緒に伝えておきたいところです。
道具は、また買えます。
キャンプにも、また行けます。
けれど、一緒に来た人と、また笑って過ごせる時間は、命があってこそなんですよね。
予定が変わってもええ。
楽しみにしていたキャンプが、途中で終わってもええ。
命を守るために「帰ろう」と決めることまで、遠慮せんでええんです。
私は、自然を敬うというのは、その美しさを楽しむとともに、怖さも知って、離れるべきときには離れることやと思っています。
何も起きなかったからといって、帰ると決めたことが無駄になるわけではありません。
「心配しすぎたね」と、あとで笑い合える。
それは、みんなが無事やったからこそ言える言葉です。
楽しい思い出は、無事に帰ってきてこそ。
あの夜の経験を、これからも忘れずにいたいと思います。
河瀬昌良

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