二極を越え、中柱を建てる道
「祓い」と「鎮め」は似ているようで、根本が違う。
日本には古来より、目に見えぬものと向き合う二つの大きな流れがあった。
ひとつは陰陽道。
ひとつは古神道。
現代では混同されることも多いですが、実際にはその根本思想は大きく異なります。
私は全国五百を超える巡礼地を歩き、古戦場、被災地、空襲地、戦没者の地を巡りながら、土地と御霊の記憶に触れてきました。
その中で見えてきたことがあります。
それは――
陰陽道は「二極を読む道」であり、
古神道は「中柱を立てる道」であるということです。
古神道とは何か
古神道とは、神社制度が整う以前から日本人が持っていた自然観と祈りの原型です。
山を神とし
岩を神とし
木を神とし
風を神とし
祖霊を敬い
共に生きる。
そこには支配の思想はありません。
あるのは調和です。
神籬(ひもろぎ)
磐座(いわくら)
磐境(いわさか)
禁足地
山岳祭祀
これらはすべて、
「ここに神がいる」
のではなく、
「ここで神と結ぶ」
ための場でした。
古神道とは、
自然と祖霊と己を結び直す道。
争いではなく調和。
分離ではなく神結。
支配ではなく統べる道です。
陰陽道とは何か
陰陽道は中国から伝わった陰陽五行思想をもとに、日本で独自に発展した術体系です。
陰と陽。
静と動。
生と死。
吉と凶。
世界を二極で捉え、その流れを読み解く。
方位
暦
天文
気の流れ
禁忌
結界
九字護身法
これらはすべて、
乱れた流れを整え、災いを避け、生き抜くための知恵でした。
つまり陰陽道とは、
現世を生き抜くための術。
人間対自然。
人間対人間。
人間対見えないもの。
その狭間で理を読み、生き延びるための実践体系です。
陰陽道の循環と中柱
陰陽は和してもなお巡り続ける。
昼と夜。
生と死。
静と動。
それは止まることのない宇宙の法則である。
陰陽道は、その巡りを読み、乱れを整え、流れの中で生きるための非常に優れた体系です。
私はその理を尊重しています。
そして気づいたことがあります。
陰陽道にも「中」の概念はあります。
たとえば、
陰陽の均衡点。
五行の中心。
太極。
陰陽は太極から分かれ、その中心を基準に巡っている。
つまり陰陽道にも中心思想は存在します。
ですが、ここに古神道との大きな違いがあります。
陰陽道における中心とは、
法則の中心です。
中心を基準に、流れを読み、時を読み、方位を読み、生きる術として運用される。
それに対して古神道における中柱とは、
存在の中心です。
私はこの違いに長く違和感の正体を見ました。
陰陽道は流れを読む。
古神道は中心を立てる。
この二つが結ばれた時、
初めて巡りは深い統合へ向かう。
その時、私の中にひとつの気づきがありました。
それが「中」です。
古神道が持つ第三極
中柱という思想
古神道には見えない中心があります。
中今(なかいま)
御中主
中柱
息の中心
魂の中心
陰と陽の間にあるもの。
陰 ← 中 → 陽
この「中」があることで、循環はただ巡るだけではなく、調和へと深まる。
吸う(陽)
吐く(陰)
その間にある止息(中)
呼吸も同じです。
私はこの構造に気づいた時、
倭呼吸法そのものが、この中柱を立てる術だったのだと理解しました。
気学や方位術との違い
気学や方位術もまた陰陽道の延長にあります。
ですが私は昔から、そこに深く入れませんでした。
なぜなら私の感覚では、
「ここが吉方」ではなく、
「今いる場所に中柱を建てる」
だからです。
良い場所を探すのではない。
自ら中柱を立て、その場を神域にする。
古代の神籬もそうでした。
場所が先ではない。
祈りが先なのです。
私はパワーをもらいに巡礼しているのではありません。
光の柱を立てに行っています。
九字と十束
切る術と束ねる術
若い頃、九字切りを学ぼうとしたことがあります。
ですが不思議なほど入ってきませんでした。
一方で、十束の神法は自然に入ってきました。
後になって気づいたことがあります。
九字は「切る術」です。
断つ
止める
遮る
逃れる
それに対して十束は「束ねる術」です。
まとめる
還す
通す
統べる
私の歩みはずっと後者でした。
招魂
鎮魂
昇魂
調和
神結
私の道は最初から、切るより束ねる道だったのだと思います。
倭呼吸光修道とは何か
ここでようやく見えてきたことがあります。
倭呼吸光修道とは、
古神道の「中柱」と
陰陽道の「理を読む力」
この二つが結ばれた道であるということです。
陰陽を争わせず、
中柱を立て、
神結へ導く。
これが倭呼吸光修道です。
内なる調和を起点に、外なる乱れを整える。
私はこの道を通して、
歴史の闇に埋もれた御霊を迎えに行き、
名ある者も名無き者も、光へ還す。
それが私に課された役目だと感じています。
陰陽は世界を動かす力であり、
中は世界を統べる力である。
その中柱を立てること。
それこそが、これからの時代に必要な祈りの形なのかもしれません。
私たちは乱れた場所に立ち、
夫婦という陰陽の形をもって天御柱を立てる。
それは失われた秩序を呼び戻し、
新たな調和を再構築する祈りの行である。
その一柱、一柱が、
やがて國御柱となり、
この国の見えない礎になると信じています。
倭呼吸塾 河瀬昌良


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